2020年からいまだ世界中でくすぶり続けている新型コロナウイルス感染症の脅威。現在、日本では“第5波”が急速に収束し、長らく緊張を強いられてきたわたしたちの間に幾ばくかの解放感が戻りつつある。
そんなコロナ禍にあって「人間関係のありようが、これまでとは根本から変わってきた」と語るのは、昨年大阪で『有無の一坐』を旗揚げした橋本久仁彦さん。1980年代に『教えない授業』を実践した高校教師として話題となり、以降は欧米の各種カウンセリングやセラピーアプローチ、非構成的エンカウンターグループを長年実践。それらをやりきった後のこの10年は、日本人古来の死生観や人・自然との縁起を大事にする感性に立ち還り、円坐・影舞・未二観といった独自の場づくりとその伝承に尽力されている。
近く新潟の妙高高原で開催される『寒立の円坐』という長期合宿に臨まれるにあたり、激変したこの一年あまりの世相を総括してもらいながら、移ろいゆくわたしたちの在り方と円坐や影舞への思いについて前後編にわたりインタビューさせていただいた。
「あの人との“生きた時間“は わたしの“死んでいく力”になる」
橋本久仁彦さんインタビュー
コロナ禍をとおして円坐・影舞・未二観の存在意義がはっきりした。
橋本さん(以下略) この一年半、僕らは新型コロナをめぐって非常にインパクトのある経験をしてきたね。さまざまな組織が機能しなくなって、それまで掲げてきた成長路線を突き進むことができなくなった。目的を失ったわけだ。
人間どうしの関係も外装みたいなものがはがれ落ちて、実態が見えてきた。会いたい人に会えない状況が続く中で、誰との関係がホンマもんなのかも浮き彫りになった。コロナ禍をとおして人間関係がより円坐(※1)的になったんだと思う。目的のないところで、そのまんまの、みんなの生きる動機というか、在り方まで含めて顕(あらわ)になってきた。
コロナによってたくさんの人が亡くなって、遺された人たちは愛する人の最期に手を握ることもできず、アクリル板の向こう側から見送らざるを得ないことを悲しんだ。それは逆説的に、どれほど僕たちが人に触れたがっているか、愛する人のそばにいたいと思っているか。その機会を奪われることがいかにつらいか、ということがはっきりしたともいえる。
何かの“目的“のために人と会うんじゃない。「この人と会って成長するため」「気づきを深めるため」とかじゃなく、今このとき「この人とだけはコロナに罹ってもいいから手を握ってあげたい」とか、そういう人間本来の関係性をまっとうできない残酷さ。昨年亡くなった志村けんさんのお兄さんが語られた「コロナという病気は怖いですよ」という言葉が印象に残っているけど、その“怖さ”は感染症としてより、関係を切られることの怖さをおっしゃっていたような気がするね。
そういう意味では、コロナ禍をとおして円坐、影舞(※2)、未二観(※3)という僕の仕事の本質を再確認させてもらったと感じている。それらの目的をもたない時空間の存在意義が、今まで以上にはっきりしてきたから。
心に刻まれた「あの人と一生懸命に生きた」という証が死んでいく力になる。
“ワークショップ“というのは、日常の人間関係をより良くするための方法論のなかでお互い出会っていきましょう、という目的で成り立っている。そういう場だから簡単に人と出会えた気になるし、楽しいわけだね。が、今回みたいに感染症が流行すると、みんな行かないようになる。命をかけるほどの意味がないから。さらに行政や周囲の人から密接につきあってはダメと言われると、それだけで行く気がなくなる。他者と関係をもつことの意味が、相対的に落ちてしまったからだ。
今までの人間関係に対する考え方はあまりにも目的志向というか、効率志向だったのだと思う。カウンセリングやセラピー、瞑想でさえも「より良いものを目指す」ためのツールであり、今よりも良くなるという希望や期待に基づいたものしかなかった。
けれどコロナ禍を経た今、人間関係の在り方が従来のそれとは根本的に質の違ったものになってきたと僕は感じる。円坐や影舞では「あんたと俺しか、ここにはおらんのや」「この場は一期一会だ。出会いではなく“仕合い”である」という“真剣さ”で相手と対峙する。未二観なら15分という時間を区切って「これからの15分間はあなたの時間です。わたしはあなたの言葉の“てにをは”まで辿らせていただきます」と、お辞儀をして相手に向かっていく。ここで言う“真剣さ”とは、思想的・福祉的・援助的なことではなく、ましてやセラピー的なものでも全くない。何かしらのスキルやメソッドも抜きにした状態で、丸裸の自分と相手の存在そのものをかけた態度や姿勢を“真剣さ”と言っている。
だからこそ円坐、影舞、未二観は「あなたとわたしが懸命に生きた時間」になるんだ。未二観でいえば、15分間ひと言もしゃべらなかったとしても「せっかく15分間あなたと一緒に坐ったのにドキドキして結局何も言えなかった・・・。けれど目の前に咲いていた桜は確かにふたりのあいだにありましたね」といった心象風景がふたりの心に刻まれる。
この先、もし僕がコロナに感染して独り隔離されることになっても、こういう“生きた時間”を思い出せるんだ。たとえ命が尽きるような事態になっても、そのことが“死んでいく力”になる。まわりには防護服姿のお医者さんや看護師さんしかいなくても、心の中では「あの人と生きた時間」がよみがえってくると思う。なぜならあの円坐、あの影舞、あの未二観では「より良い関係を作るため」といった効率主義の目的や個人的な感情で自分の視界をズラしていなかったから。あのとき確かにそこに在った、そのままの相手と自分をとらえているから。そして、ありのままの姿が死んでいくんだ。
“ありのままの姿が死んでいく”とは、今こうして僕はあなたにしゃべっているんだけど、仮にどちらかが死んだら二度と会えなくなるわけだね。会えなくなる、というのは文字どおり「会えなくなる」ということ。亡くなった人がもっていた資格やスキルとかではなく、その人そのものに会えなくなるということ。
つまり「その人そのもの」が欲しいんだよ、死んでいくときに。だから僕は自分が死んでいくときに、そばにカウンセラーなんていて欲しくない。たとえ大喧嘩した仲だったとしても「あの人とは、やり合ったな!」と、心に深く刻まれた人にそばにいて欲しい。物理的にそばにいなくても、その人の面影を感じて「苦労したけど、あの人と一生懸命に生きた」と思える。これこそが死んでいく準備になる。「成長できた」「いい気づきだった」なんて思いながら死んでいくの、俺はイヤやわ(笑)
あの世に持って行けるのは、だれかと一緒に生きたという証。それが欲しい。たとえ成長なんてできなかった人生でも、人から「最低」と見下されても、たったひとり本当に仕合った相手がいたら、そしてお互いに命を刻み合った実感があれば、「あの人と生きたんやな」と思い出して死んでいける。
そういう生き方や在り方は、いわゆる“withコロナの時代”にピッタリだと僕は思う。
【脚注】
※1 円坐(えんざ)とは、その日、その時、その場所で集うことを約束しあった者たち(坐衆)が車座になって決められた時間を過ごす。その場を定め、始まりと終わりの刻限をつかさどり、坐衆と坐衆の一人としての自分の声に耳を澄ませて起こる全ての成りゆきを最後まで見守り、ともに生き抜く者を守人(もりびと)と呼ぶ。
※2 影舞(かげまい)とは、その場で向かいあう二人が互いの指と指を触れ合わせた瞬間から、自ずと生じる動きに運ばれていく自然(じねん)のありようを舞になぞらえる。いわば一期一会の即興舞台である。
※3 未二観(みにかん)とは、話し手と聞き手二人による15分間の即興芸術ともいえる。傾聴や共感的に聞くといった既存のカウンセリングスキルとは一線を画する。聞き手はあらゆる判断の未然に在って話し手の時空間となり、そこで生じる有言無言の言葉を最後のひと息まで辿る、という約束を果たす。
【橋本久仁彦氏プロフィール】
1958年大阪市生まれ。
大学卒業後は高校教師となり、アメリカの心理学者カール・ロジャーズが提唱したパーソン・センタード・アプローチに基づく「教えない授業」を10年間実践する。
その後アメリカやインドを遊学し、人間同士の情緒的なつながりや一体感とともに発展する有機的な組織作りと、エネルギーの枯渇しない自発的で創造的なコミュニティの建設に関心を持ち続けている。
1990年より龍谷大学学生相談室カウンセラー。
様々な集団を対象とした非構成的エンカウンターグループを行う。
2001年12月に龍谷大学を退職、プレイバックシアタープロデュースを立ち上げ、
プレイバックシアター、エンカウンターグループ(円坐)、
サイコドラマ、ファミリー・コンステレーション、コンテンポラリーダンスなどフィールド(舞台)に生じる磁場を用いた欧米のアプローチの研究と実践を積み重ねるも、10年間の活動を終え、その看板を下ろす。
生涯を通じて手掛けてきたミニカウンセリングは位相を進めて「未二観」となり、エンカウンターグループは「円坐」となり、縁坐舞台も「縁起の坐舞台」と成って様式が整い、生死・顕幽の境を超えて不生不滅の景色を展望する三つの終の仕事となった。
仲間も変遷し、この頃は生死を共にする有縁の仲間(一味)と地方へ出稽古に出ることが楽しみ。毎日がこの世の名残りの道行である。
高野山大学スピリチュアルケアコース講師。
円坐守人。影舞人。
口承即興〜円坐影舞「有無の一坐」坐長。
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